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こんにちは。今日は糖尿病のAさんの話をします。Aさんは48歳の男性、体格は標準、喫煙習慣があります。血圧は140/90程度。糖尿病の薬のメトホルミン500mg/日、血圧の薬のバルサルタン80mg/日を服用していましたが、今回、コレステロールの薬のピタバスタチン2mgが追加となりました。
「それ程コレステロールは高くないはずなんだけどなあ」と言いながら、検査票を差し出されました。見せてもらうと、悪玉コレステロールのLDLは140、善玉HDL42でした。確かにそれ程高い数値ではありません。Aさんはコレステロールの薬を本当に飲まないといけないのでしょうか。
皆さんも会社の検診など受ける機会があると思います。一般の検診でコレステロールの治療を勧められるのはLDL160程度ですが、これは糖尿病の既往のない人に限った話です。過去の疫学調査から、糖尿病の人は糖尿病でない人と比べて、心筋梗塞や脳卒中が起こりやすいことが分かっています。1)このため、一般の人より低い数値をLDLの治療目標とします。2)糖尿病では、LDL<120(ないし<100)が、治療目標となります。糖尿病でない人と同様に、心筋梗塞や脳梗塞を予防する効果が報告されています。3)
Aさんに今回追加となったピタバスタチンは、ストロングスタチンと呼ばれ、悪玉コレステロールが-40%程度下がることが添付文書に書かれています。Aさんは、今回の薬を服用することで、LDL84程度まで降下することが予想されます。そして、心筋梗塞や脳梗塞の発症リスクをベースラインの2/3程度にする効果が予想されます。
心筋梗塞など、冠動脈疾患のベースラインリスクは、吹田スコアと呼ばれるスコアリングで推定することが出来ます。Aさんの場合、年齢38点、男性0点、喫煙5点、糖尿病6点、血圧4点、LDL7点、HDL-5点、腎機能0点で、合計55点、表を参照すると、この場合10年間の冠動脈疾患発症リスクは2-9%未満で、中程度リスクと予想されます。
つまり、糖尿病などでAさんと同程度のリスクを有する方が100人いれば、10年のうちに心筋梗塞など起こさないで済むのは91~98人ですが、スタチンを飲み続ける事で、94~99人の人が心筋梗塞などを起こさないで済むと推定されます。
スタチンを服用することで発生する対抗リスクは、横紋筋融解症があります。有名な有害事象ですが、最近の研究では発症はごく稀です。10万人がスタチンを服用して、年間に発症しない人数は9万9999人以上です。4)
医療専門家の立場で利益・不利益を判断する場合、イベント発症確率を重視しますので、糖尿病でベースラインのリスクが高いのであれば、スタチンを飲む利益はあると判断するでしょう。
また、医療経済の専門家の立場からも、スタチンによる一次予防(初発予防)は、10年リスクが20%以上の患者の他、糖尿病患者はリスクが高く、費用対効果を満たすと考えられています。
いかがだったでしょうか。ご家族の健康を守るために、ご参考になさって下さい。
脚注
1)日本の疫学研究であるJDCS(Japan Diabetes Complication Study)の9年次中間報告によると、2型糖尿病患者の冠動脈疾患・脳卒中の発症率は10年リスクに換算すると9.6%、7.6%であり、久山町一般住民の各々3倍、2倍でした。
2) JDCSでは2型糖尿病患者の冠動脈疾患発症に関する最大の危険因子はLDLでした。LDL100mg/dL未満の心疾患の発症リスクに比較して、160mg/dL以上の場合は3.6倍になりました。糖尿病患者がLDL100mg/dLをカットオフ値とする立場の論拠のひとつです。ただ、薬でLDLを下げる事で、実際に死亡率が下がるかは、臨床試験の結果を知らねばならず、また別の機会にお話します。
3)英国で行われたCARDSスタディは糖尿病と心血管リスクを有する患者にアトルバスタチンとプラセボを投与して、脂質低下療法の効果を評価しています。スタチン投与群の心血管イベントは有意に低く(37%減少)、全死亡も低下傾向(27%減少)を示した為、試験は早期終了されました。PMID:15325833
4) アトルバスタチン、プラバスタチン、およびシンバスタチンの単独療法で、横紋筋融解症の発症は、0.44/10,000人年でした。ただ、スタチンにフィブラートを併用すると、特に高齢の糖尿病患者でリスクが増加するようです。特にフィブラートと組み合わせたセリバスタチン(本邦未発売)は、年間約10人の治療患者のリスクをもたらしたと報告されています。PMID:15572716